仙台高等裁判所 昭和52年(ネ)141号 判決 1978年8月28日
控訴人
中島鉄工株式会社
右代表者
中嶋徳三郎
右訴訟代理人
西沢八郎
被控訴人
伊藤周株式会社
右代表者
伊藤周三
被控訴人
伊藤周一
被控訴人両名訴訟代理人
伊藤俊郎
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一控訴人は、建物建築を業とする会社であり、被控訴会社は婦人服の製造販売を業とする会社であること、控訴人が、昭和四八年一一月一四日、被控訴会社の注文により被控訴会社の宮城工場新築工事を代金七、五〇〇万円、完成を昭和四九年五月二〇日、引渡しの日を完成の日から一〇以内とする等の約定で請負つた上、右工事を施行したことおよび被控訴人伊藤が、控訴人に対し、被控訴会社の控訴人に対する金銭債務について、被控訴会社と連帯して保証する旨を約したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二被控訴人らは、本案前の抗弁として、本件請負契約においては、当事者間に仲裁契約の合意があるから本件訴は、訴の利益を欠き、却下されるべきであると主張するので、まずこの点について検討する。
<証拠>を綜合すれば控訴会社の代表取締役中嶋徳三郎は、前記請負契約(以下本件契約という)成立の約一週間前、宮城県栗原郡若柳町所在の被控訴会社若柳工場において、被控訴会社の代表取締役伊藤周三、被控訴人伊藤周一および同人らの求めにより同行した訴外西野信雄と会合して本件契約の準備的打合せをしたが、その時、西野信雄から本件契約の契約書には四会連合協定のものを使用したいと申し入れられたこと、控訴会社の代表取締役中嶋徳三郎は、それまで宮城県建設業協会の工事請負契約書、工事請負契約約款を使用し、四会連合協定のものを見たことがなかつたが、後日送付されて来た四会連合協定の「工事請負契約書」(以下単に「本件契約書本文」という。)およびこれに添付の四会連合協定の「工事請負契約約款」(以下単に「本件請負約款」という。)を二級建築士の資格を有する訴外千葉逸郎(同人は本件請負工事の監理技師としての責任を負うため本件契約書本文に署名押印している)に検討させて意見を求め、自からも目を通した上、これを携行し、昭和四八年一一月一四日、千葉逸郎を同道して東京都江戸川区の料理店において、被控訴会社の代表取締役伊藤周三、被控訴人伊藤周一と会合し、「添付の工事請負契約約款、設計図一八枚、仕様書一冊にもとづいて工事請負契約を結ぶ。」旨の記載ある本件契約書本文に、控訴会社の代表取締役中嶋徳三郎は請負者として、記名押印し、被控訴会社の代表取締役伊藤周三は注文者として被控訴人伊藤周一は保証人として、それぞれ記名押印し、かつこれに添付の本件請負約款、設計図一八枚、仕様書一冊との間に、それぞれ契印をなし、もつて本件請負契約を締結したこと、本件請負約款第二九条には、「(1)この契約について紛争を生じたときは、当事者の双方または一方から相手方の承認する第三者を選んで、これに紛争の解決を依頼するか、または建設業法による建設工事紛争審査会のあつせんまたは調停に付する。(2)前項によつて紛争解決の見込がないときは、建設業法による建設工事紛争審査会の仲裁に付する。」旨の記載があるところ、被控訴会社の代表取締役伊藤周三および被控訴人伊藤周一は、かつて伊藤周一が代表取締役であつた訴外江戸川縫製が、建設工事紛争審査会の手続により紛争の解決を図つたことがあるのを知つていて、本件請負約款第二九条の趣旨を充分了知していたこと、他方、控訴会社は、多年にわたつて、宮城県建設業協会の工事請負契約書および本件請負約款第二九条と同旨の条項の記載ある工事請負契約約款を使用していた(ただし、小規模工事を請負うことが多かつたため、契約書の本文のみを使用することが多かつた。)にもかかわらず、控訴会社の代表取締役中嶋徳三郎は、本件契約に除し、特に本件請負約款第二九条の規定を除外する旨を表明することがなかつたこと、以上の事実が認められ、原審(第一回)における控訴会社代表者中嶋徳三郎本人尋問の結果中、右認定の趣旨に反する部分は、前記採用の各証拠に照らして採用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、本件請負契約においては、控訴会社と被控訴人らとの間に本件請負工事に関する紛争については、本件請負約款第二九条に従つて解決を図るべきことの合意がなされたことが明らかである。
三そして、本件請負約款第二九条にいう「建設業法による建設工事紛争審査会の仲裁」に付する旨の合意は、同法の関係諸規定に照らすと、民事訴訟法第七八六条に定めるところの合意(仲裁契約)に該るものと認めるのが相当である。控訴会社は、右合意の趣旨は、紛争が生じた場合には、訴訟手続とは別個に独自の解決方法を合意したにすぎないから、この合意があるからといつて、訴の利益を欠くに至らないと主張する。
しかしながら、仲裁契約がある場合には、訴訟と仲裁とのいずれかを選択できる余地を留保する旨の特別の合意がある場合は格別、そのような合意が存しない以上は、訴訟を仲裁に先行させることは許されないと解すべきである。本件に顕われた全証拠を検討するも、かかる特別の合意があつたことを認めるに足らないから、控訴人の右主張は採用できない。
四なお控訴会社は、本件紛争は、本件請負約款第二九条にいう「紛争」には該らないと主張するけれども、前記乙第一号証の記載、当審における控訴会社代表者中嶋徳三郎本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を綜合すれば、本件請負工事については、地盤沈下等が工事施行上の瑕疵に基づくか否か、第一次追加、変更工事が債務の本旨にかなつたものか否か等について当事者間に争いがあり、これが原因となつて工事代金額を減額する合意があつたか否か、未払い代金額があるか否かが争われていること、本件請負約款には、契約に適合しない施行、工事の追加変更、請負代金の変更等右紛争にかかる事項について詳細な条項がもられていることがそれぞれ認められる。
そして、この事実に、建設業法による建設工事紛争審査会は、広く請負工事の解釈、工事の施行、工事完成後の工事代金の支払い遅延、瑕疵担保責任不履行等右認定の本件当事者間の紛争の如き事項を処理する権限を有するものと解されることに徴すれば、上記認定の紛争は、本件請負約款第二九条にいう「紛争」に該るというべきである。
五以上の次第で、本件については、当事者間に仲裁契約がなされているから、本件の訴は、訴の利益を欠き、却下されるべきである。<以下、省略>
(兼築義春 守屋克彦 田口祐三)